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建設業における賃上げした企業への入札加点制度とは?

国の公共工事の入札審査において、「賃上げの実施」が点対象となる制度が令和4年度からスタートしました。この制度は「総合評価落札方式における賃上げを実施する企業に対する加点措置」(入札加点制度)と呼ばれており、現在の入札案件に反映されているのです。

今回の記事では、この制度の内容を紹介するほか、この制度が導入され背景、建設業者が賃上げすることによるメリット・デメリット、制度の利用状況、賃上げするための方法を説明します。

入札加点制度の内容、状況や影響を知りたい方、賃上げの必要性と実施するための方法などを把握したい方などは参考にしてみてください。

1 「総合評価落札方式における賃上げ実施企業への加点措置」の概要

ここではこの入札加点制度の主な内容や制定された経緯などを確認していきましょう。

1-1 入札加点制度の制定に至る経緯

令和3年11月19日の閣議決定で「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」や「新しい資本主義」に向けた対応として、政府調達に関して賃上げを行う企業から優先的に調達を行う措置が施行されることになりました。

政府調達の入札では、その審査において「総合評価落札方式」が使用されるケースが多いですが、令和3年11月8日の「新しい資本主義実現会議」において「賃上げを行う企業から優先的に調達を行う措置」を検討していくことが決定されました。

それを受けて、総合評価落札方式の評価項目に賃上げに関する項目が設けられ、賃上げ実施企業に対して評価点または技術点に加点する形式に変更されことになりました。

この方針のもと、検討の具体化が進められ、令和3年12月17日に財務大臣から各省庁の長あてに賃上げ評価に関する仕組みについての通知が発せられ、これを受けて、建設業分野では令和3年12月24日に国土交通省通知が発出されています。

この国土交通省の通知を簡単に示すと、同省が実施する建設業等に関連する公共工事の入札について、賃上げを実施したことを加点ポイントとして加えるという制度に改訂するという内容です。

具体的には、この通知の中で「適用対象」、「評価項目」、「評価方法」、「賃上げ実績の確認方法」、「賃上げ表明したが達成できなかった者に対するペナルティ」などが示されました。

1-2 総合評価落札方式とは

上記の総合評価落札方式とは「工事の発注にあたり、競争参加者に技術提案等を求め、価格以外に競争参加者の能力等を審査・評価しその結果をあわせて契約の相手方を決定する方式」のことです(国交省等の説明)。

以前の公共工事や調達における入札では、つまり、公共工事や物品購入・サービス受給に伴う契約では、価格の評価のみで落札者を決定する方法が多く採用されていましたが、現在では「価格」「価格以外の要素」を総合的に評価する「総合評価落札方式」の採用が多くなりました。

国交省が発注する入札案件における「価格以外の要素」は様々ですが、ランニングコストを含むライフサイクルコスト、周囲の環境への配慮・調和、リサイクル、安全性、耐久性や美観、などが対象になります。今回の賃上げ加点の措置も「価格以外の要素」の一つとして採用されたわけです。

1-3 入札加点制度の枠組み

「総合評価落札方式での賃上げ実施企業に対する加点措置」の枠組みについて簡単に説明しましょう。

上記の通り、本制度は総合評価落札方式によって落札者が決まる入札が対象です。そのため別の評価方式の「業務のプロポーザル方式」「工事の段階選抜方式」の一次選抜の評価、技術提案・交渉方式には適用されません。

また、国の機関(農林水産省や防衛省等)が発注する総合評価落札方式が対象であることから、独立行政法人、国立大学法人、NEXCO、JRTT等の特殊法人や地方公共団体は対象外となります。

1)適用対象

令和4年4月1日以降に契約が締結される、総合評価落札方式による全調達が対象です。なお、「令和4年4月1日以降に契約を締結する予定である場合でも、取組の通知を行った時点で既に公告を行っている等の事情のあるものは除く」となっていました。

2)加点評価

この加点評価とは、事業年度または暦年単位で従業員に対する目標値が「大企業:3%、中小企業等:1.5%」以上の賃上げを表明した入札参加者に対して、総合評価において加点するという内容です。

なお、加点を希望する入札参加者は、賃上げについて従業員へ表明した「表明書」(従業員への賃金引上げ計画の表明書)を提出しなければなりません。

また、加点割合は5%以上の設定になることが求められます。たとえば、加算点方式が従来の「総合評価落札方式のタイプ」(たとえば、「施工能力評価型(Ⅰ型・Ⅱ型))において「40点満点」である場合、「賃上げを実施する企業に対する加点」は「3点」です。

この場合、加点割合は「3点(賃上げ加点)/43点(加点合計)×100%」=約7% となり、これで「5%以上」の要件は満足することになります。

3)実績確認等

加点を受けた企業は、事業年度または暦年の終了後において、決算書等で達成状況について国から確認を受けます。もし未達成の場合はその後の国の調達において、入札時に加点する割合よりも大きく減点されるため注意が必要です。具体的には、加点に1点を加えた減点となります。上記の「3点の加点」の場合に未達成となれば、「4点の減点」になるわけです。

4)措置の流れ

工事等の入札案件が公告(工事)されてからの同制度の運用は、以下のような流れになります。

入札公告

加点措置

「従業員への賃金引上げ計画の表明書」が入札参加者から提出されることで加点評価の対象となります。なお、「賃金引き上げ表明」は①年度単位または②暦年単位での表明です。この措置の結果、加算点は「従来の加算点(上記の例の場合は「40点満点」)+賃上げ加算点(上記例は「3点」)」の合計(上記例では「43点満点」)となります。

入札、落札決定

加点の有無 → 落札者が賃上げ加算点で加点なし(実績確認なし)

落札者が賃上げで加算点あり

実績確認

加点を受けた落札者は対象の事業年度または暦年の終了後に決算書等により契約担当官等から確認を受けます。

賃上げ基準に達していない者には減点措置

賃上げ基準に達していない者に対しては、1年間、国の総合評価落札方式の調達の全てで、加点より大きな割合の減点が科されます。

2 賃上げ実施企業に対する加点措置の主な内容

入札加点制度の内容をもう少し詳しく見ていきましょう。

なお、令和3年12月24日の通知と令和4年12月9日の一部改正変更の通知の内容などをもとに確認していきます。

2-1 入札加点制度の評価項目

入札者は以下の「評価項目」のいずれかを選択することが可能です。

  1. (1)契約を行う予定の年の4月以降に開始する入札者の事業年度(改正前は「年」でした)について、対前年度比で「給与等受給者一人当たりの平均受給額(※)」を別紙2に示す率以上に増加させる旨を従業員に表明していること
  2. (2)契約を行う予定の年以降の暦年について、対前年比で「給与等受給者一人当たりの平均受給額(※)」を別紙2に示す率以上増加させる旨を従業員に表明していること

※中小企業等では、「給与総額」も使用できます。なお、「中小企業等」とは、「法人税法第66条第2項または第3項に該当する者で、同条第5項(改正前は「6項」でした)に該当するものは除く」との規定です。

上記の「中小企業」に該当する法人とは、資本金が1億円以下で各事業年度の所得の金額のうち年8百万円以下の金額についての法人税率が19%以下となる法人を指します(「中小企業基本法」の分類での「3億円以下」と異なる)。

「別紙2」の内容

「(1)物品、役務、工事」

評価項目 評価基準 配点
賃上げの実施を表明した企業等 契約を行う予定の年度(改正前は「年」)の4月以降に開始する入札者の最初の事業年度または契約を行う予定の暦年で、対前年度または前年比で給与等受給者一人当たりの平均受給額を3%以上増加させる旨を従業員に表明していること【大企業】 加算点の5%以上の整数
契約を行う予定の年度(改正前は「年」)の4月以降に開始する入札者の最初の事業年度または契約を行う予定の暦年で、対前年度または前年比で給与総額を1.5%以上増加させる旨、従業員に表明している こと【中小企業等】

「(2)建設コンサルタント業務等」については、「評価項目」「評価基準」の内容は、「(1)物品、役務、工事」と同じで、「配点」が「技術点の5%以上の整数」となります。

*配点について

配点は上表の通り、加算点の合計の5%以上の整数となるように加点の配点を設定するとの規定です。ただし、以下のように本評価項目における得点配分は、契約担当官等において調達する案件の性質(タイプ)に応じ、別紙2のとおりに実施されることとなっています。

①技術提案評価型S型等

従来の加算点が60点満点の場合、「従来の加算点60点+賃上げ加算点4点」とし加算点合計64点が満点(4点/64点=約6%)

②施工能力評価型Ⅰ型、Ⅱ型

  1. ・従来の加算点が40点満点の場合、「従来の加算点40点+賃上げ加算点3点」とし加算点合計43点が満点(3点/43点=約7%)
  2. ・従来の加算点が30点満点の場合、「従来の加算点30点+賃上げ加算点2点」とし加算点合計32点が満点(2点/32点=約6%)

③技術提案チャレンジ型

従来の加算点が20点満点の場合、「従来の加算点20点+賃上げ加算点2点」とし加算点合計22点が満点(2点/22点=約9%)

④フレームワーク方式、公募型指名競争(地域防災実績評価型、営繕工事は実績評価型)

従来の加算点が10点満点の場合、「従来の加算点10点+賃上げ加算点1点」とし加算点合計11点が満点(1点/11点=約9%)

2-2 評価方法

総合評価落札方式で上記の評価項目に該当する者に加点する、と規定されています。加点にあたり評価者(国交省側)は、入札参加者が提出する別紙1の1または別紙1の2の「従業員への賃金引上げ計画の表明書」(以下「表明書」)で評価します(入札参加者は評価される)。

*令和5年4月以降に契約する調達案件(令和5年度調達)については、事業年度で表明する企業も「令和5年4月~契約」より、「令和5年度表明書」が対象です。

なお、中小企業等は、表明書と合わせて直近の事業年度の「法人税申告書別表1」を提出し、2※における中小企業等に該当しているかの確認も受けます。

*「別紙1の1」と「別紙1の2」

2-3 賃上げ実績の確認

賃上げ実績の確認やその運用について見ていきましょう。

1)賃上げ実績確認の内容

落札者が決定された後、落札者が提出した表明書をもとに表明した率の賃上げが実施されたかどうか、の確認が当該落札者の事業年度および暦年が終了した後に行われます

なお、確認にあたり、2(1)の場合においては、賃上げを表明した年度とその前年度の「法人事業概況説明書」(別紙3)の「「10主要科目」のうち「労務費」、「役員報酬」および「従業員給料」の合計額」(以下「合計額」)を「4 期末従業員等の状況」のうち「計」で除した金額を比較して行われるとのことです。

また、2(2)の場合は、「給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表」(別紙4)の「1 給与所得の源泉徴収票合計表(375)」の「Ⓐ俸給、給与、賞与等 の総額」の「支払金額」欄を「人員」で除した金額により比較する、と規定されています。

なお、落札者が上記3による加点を受けていない企業の場合、実績確認は不要(確認なし)です。

※1 中小企業等の場合、上記の比較をすべき金額は、2(1)の場合は別紙3の「合計額」と、2(2)の場合は別紙4の「支払金額」になります。

※2 契約担当官等が、上記書類により賃上げ実績が確認できない場合でも、税理士または公認会計士等の第三者により、上記基準と同等の賃上げ実績を確認することが可能な書類であると認められる書類等が提出された場合には、当該書類をもって上記書類に代えることが可能です。

※3 本取組により加点を受けた落札者が事業年度により賃上げを表明した場合は、当該事業年度の「法人事業概況説明書」等を、暦年により賃上げを表明した場合は、当該年の「給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表」等を、原則としてそれぞれ賃上げ実施期間終了月の月末から3カ月以内に提出しなければなりません

*国土交通省の資料より

2)「同等の賃上げ実績の認定」

上記「※2」の「同等の賃上げ実績の認定」とその「確認書類の提出方法」について説明しましょう。

(1)確認書類の提出方法

賃上げ実績の確認が行われる際に、「同等の賃上げ実績の認定」を受ける場合は、税理士または公認会計士等の第三者による、「入札説明書に示されている基準と同等の賃上げ実績を確認できる書類であると認められる」ことが明記された書面(*「別紙様式」)を、賃上げを実施したことを示す書類と共に提出する必要があります。

※なお、必要に応じて、受注者側に内容の確認が求められることもあります。

※仮に制度の主旨を意図的に逸脱していることが判明した場合、事後であってもその後に減点措置されることもあるため注意が必要です。

※賃上げ促進税制の優遇措置を受けるために必要な税務申告書類で賃上げ実績を証明する方法も可能です。

※「別紙様式」は以下のような書式になります。

*国土交通省の「総合評価落札方式における賃上げを実施する企業に対する加点措置に係る確認書類の提出方法および「同等の賃上げ実績」と認めることができる場合の考え方」より

(2)「同等の賃上げ実績」と認められるケースの考え方

この考え方として、以下の点が挙げられています。

●中小企業等は、実情に応じて「給与総額」または「一人当たりの平均受給額」のどちらを採用することも可能です。
●各企業の実情を踏まえ、継続雇用している従業員のみの基本給や所定内賃金などで評価できます。
●入札説明書等に示した賃上げ実績の確認方法で従業員の給与を適切に考慮できない場合、適切に控除や補完を加えた評価も可能です。

※なお、本制度では、企業の賃上げ表明を行う様式には従業員代表および給与または経理担当者の記名捺印が求められています。

※「本制度の趣旨を意図的に逸脱している行為」とは以下のようなケースです。

  1. ・役員報酬を上げるだけとなっているなど、実際に従業員の賃上げが伴っていないにも関わらず、実績確認を満足するために恣意的に評価方法を採用すること
  2. ・賃上げを表明した期間の開始前の一定期間について、賃金を意図的に下げる等により賃上げ表明期間の賃上げ率を嵩上げすること

※ボーナス等の賞与および諸手当を含めて判断するか否かは、企業の実情を踏まえて判断される可能性があります。

具体的な例

  1. ・ベテラン従業員等の退職に伴い、新卒採用等の雇用で給与総額が減少するケース等では、継続雇用している給与等受給者への支給額で給与総額等を評価する
  2. ・定年退職者の再雇用などで給与水準が変わる者を除外して給与総額等を評価する
  3. ・ワーク・ライフバランス改善の配慮などで、育児休暇や介護休暇の取得者などの給与水準が変わる従業員等を除外して給与総額等を評価する
  4. ・時間外労働規制の令和6年4月からの適用に対応するため、計画的に超過勤務を減らしている場合は、超過勤務手当等を除外して給与総額等を評価する
  5. ・災害対応がある場合等では、その超過勤務や一時雇用を除外して給与総額等を評価する
  6. ・業績に応じて支給する一時金や賞与等を除外して給与総額等を評価する
●「入札説明書等に示した賃上げ実績の確認方法で従業員の給与を適切に考慮できない場合、適切に控除や補完されたもので評価する」の例です。
  1. ・実績確認に使用するとされた主要科目に一部の従業員の給与が含まれない場合、別途これについて考慮し評価する
  2. ・実績確認に使用するとされた主要科目に外注や派遣社員の一時的な雇用による労務費が含まれる場合、これを除外して評価する
  3. ・実績確認に使用するとされた主要科目に退職給付引当金繰入額など、実際に従業員に支払われた給与でないものが含まれる場合は、これを除外して評価する
  4. ・役員報酬を含む等で従業員の賃金実態を適切に反映できない場合、これを除外して評価する
  5. ・令和4年4月以降の最初の事業年度開始時よりも前の令和4年度中に賃上げを行った場合、その賃上げの実施時点から1年間の賃上げ実績を評価する

*該当内容は、上記の例のみに限定されません。

(3)事業年度開始月と賃上げ実施月が異なる場合の取扱い
●賃上げ評価期間

次のいずれかです。

  1. ・契約締結予定日を含む国の会計年度内の4月以降に開始する事業者の事業年度
  2. ・契約締結予定日を含む暦年
●事業年度開始後に賃上げを実施する場合の特例

事業年度開始月から後の賃上げについては、下記のどちらの条件も満たす場合に、賃上げ実施月から1年間を評価期間とすることが可能です。

  1. ①契約締結日の属する国の会計年度内に賃上げが実施されていること
    ※暦年中の賃上げを表明している場合は、当該暦年内の賃上げの実施であること
  2. ②当該企業の例年の賃上げ実施月に賃上げを行われていること(意図的に賃上げ実施月を遅延させていないこと)

3 入札加点制度の導入の背景と利用状況

政府調達における入札加点制度が導入された背景と、実際に建設業者が利用している状況について説明しましょう。

3-1 入札加点制度をもたらした環境

本制度をもたらした環境として、以下の要因の動向が大きく影響しています。

1)政府

政府調達の入札における賃上げ評価制度が施行された発端は、令和3年11月8日の「新しい資本主義実現会議」の「緊急提言」(~未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて~)です。

その中で、「公的部門における分配機能の強化」として「公的価格の在り方の抜本的見直し」が掲げられ、そこで「政府調達の対象企業の賃上げを促進するため、賃上げを行う企業から優先的に調達を行う措置など政府調達の手法の見直しを検討する」と示されたことで具体的な検討へと進みました。

そして、令和3年12月17日に財務大臣から各省庁の長あてに賃上げ評価に関する仕組みに関する通知の発出→国土交通省通知の発出が実施されたわけです。

政府は「成長と分配の好循環を実現する」ためには賃上げがキーになると考え、その方針のもとに企業に賃上げを促すための取組として本制度が考え出されたと言えるでしょう。

日本の「分配」の問題点として、労働分配率(付加価値に占める人件費の割合)や賃金水準の低迷(OECD諸国と比較して伸びていない)や低さを指摘し改善の必要性を訴えています。

成長の伴わない分配の強化、すなわち賃金アップはリスクをもたらしかねないですが、岸田政権は「賃上げ」を重要政策として位置づけており、改善が見られるまでは入札加点制度は継続されるものと推察されます。

2)企業

安倍政権時代からの好景気や人口減少等による人材不足、働き方改革、そして、昨今の物価高騰などを背景に、「賃上げ」が企業に求められるようになりました

収益が伸び悩む・低い、労働生産性が低い、などを理由に賃金上昇の幅を抑えながら、何とか経営を維持してきた企業も多いですが、先の政府の考えとともに世の中の雰囲気が賃上げを企業に求め始めています。

コロナ禍で飲食・宿泊・観光・サービスなどの業種は大きな打撃を受け、それに伴い人材が流出したケースも多かったですが、コロナ感染の収束が見え始めて、それらの業種も含め人材確保に動く企業が増えてきました。

そのため一旦和らいだ人手不足の状況は次第に厳しくなってきており、そのための確保手段としての賃上げを実施させざるを得ない状況が見え始めているのです。

職業や企業を選ぶ要素は様々ですが、報酬の多さもその選択の重要なキーになることは間違いありません。そのため今後は建設業を含めすべての企業に今まで以上の賃上げ圧力が加わる可能性は小さくないでしょう。

3)建設業界

日本の建設投資額は不動産バブル崩壊を機に2002年頃に大きく減少して(1992年の84兆円から2002年には56.8兆円へ)、その後も低迷が続いた上にリーマンショックでさらに落ち込みました(2010年には41.9兆円に)。

しかし、その後は東日本大震災の復興、東京五輪・パラリンピックの建設、首都圏等の再開発などの需要増により建設投資額は2017年に60兆円台に回復し、2022年は67兆円に達しています。

こうした建設投資の増大に伴いバブル崩壊後に減少した建設労働者が不足する事態となり今日に至っているのです。

建設業は、「きつい、危険、汚い」という3Kのイメージがあり、若者が好む職業とは言えず、若年労働者が減少する一方、60歳以上の高年齢労働者が25%以上占めるという状況になっています。

このため政府は、建設業において「給料が良い」「休暇が取れる」「希望を持てる」という労働環境となる「新3K」を提唱し、建設業での若者を含む人材確保を支援することとし、国土交通省直轄工事では「総合評価や成績評定での加減点」などの取組を始めました。

こうした状況を背景に建設大手などでは賃上げに向けた動きが加速し出しています。2022年3月に国土交通省と全国建設業協会が、技能労働者の賃金の約3%の引き上げに関する推進で合意しました。

大手ゼネコン4社(鹿島、大成建設、大林組、清水建設)も、2022年春闘で従業員の賃金を前年度比で3%以上引き上げると発表しています。中小建設業者においては、賃上げに慎重な企業は多いですが、業界全体が賃上げを促す環境となっており、何がしかの対応を迫られているのです。

3-2 入札加点制度の利用実績

国土交通省の「『総合評価落札方式における賃上げを実施する企業に対する加点措置』の実施状況について」から同制度の利用状況を簡単に紹介しましょう。

1)令和4年4月以降の契約案件で同年8月までの実績

下表は、令和4年4月以降の入札加点制度の対象となる契約案件について、実際に賃上げ表明を実施した企業やその落札者の実施状況をまとめた資料です。

  件数・者数
対象工事件数 2,503件
のべ競争参加者数 13,553者
実競争参加者数
うち、賃上げ表明者数
3,308者
2,078者(約63%)
実落札者数
うち、賃上げ表明者数
1,626者
1,143者(約70%)

上表の通り、対象の工事件数は2503件で、実競争参加者のうち約6割(63%)、実績確認の対象となった落札者のうち約7割(70%)が賃上げを表明している、という利用状況となりました。

賃上げによる加点が落札にどれだけ影響したかの判断は困難ですが、落札者の7割が賃上げを表明しているという事実は、建設業者にとってこの加点が重要と認識していることは窺えます。

2)上記対象工事の実競争参加者数と賃上げ表明率

1)で示した対象工事の実競争参加者数と賃上げ表明率の関係は下表の通りです。

時期 実競争参加者数(人数) 賃上げ表明率(%)
4月末時点 772 50
5月末時点 1429 56
6月末時点 2220 60
7月末時点 2,901 62
8月末時点 3,308 63

上表の通り、月次の流れとともに実競争参加者数が増加し、賃上げ表明率も上昇しています。この現象は、入札加点制度の認知度の上昇とともにその重要性が評価され出したことを示唆するものと言えるでしょう。

3)近年の直轄工事受注実績と賃上げ表明率の関係

下表は、建設事業者の年平均落札件数と賃上げ表明率の関係を示した資料です。

年平均落札件数(R1~R3) 賃上げ表明率(%)
1未満 50
1以上2未満 62
2以上3未満 77
3以上4未満 84
4以上5未満 86
5以上6未満 82
6以上7未満 88
7以上8未満 90
8以上9未満 93
9以上10未満 89
10以上 90

上表の結果として、過去3年間で国交省直轄工事を安定的に受注している企業ほど、賃上げ表明率が高い傾向が確認できました。また、全工事平均で63%の賃上げ表明率となっていますが、近年、平均年1件(過去3年間で3件)以上の工事を受注している企業については、75%が賃上げを表明している状況です。

この結果からも賃上げの有効性が垣間見えます。

4)実競争参加者に占める賃上げ表明率と業種

この国交省の資料によると、全工種の賃上げ表明率の平均は約63%ですが、これを表明率の高低で業種をみると、以下のような特徴を見い出すことが可能です。

  1. ・表明率の高い工種:
    一般土木(76%)、アスファルト舗装(85%)、鋼橋上部(85%)、橋梁補修(78%)
  2. ・表明率の低い工種:
    造園(33%)、電気設備(41%)、通信設備(35%)等

この結果から、以下の点が指摘されています。

  1. ・公共需要の占める割合が高いと想定される工種は総じて表明率が高いが、維持修繕のみ平均程度(61%)の表明率に留まる
  2. ・比較的民間需要の割合が高いと想定される工種は、表明率が低い傾向にある

以上の内容は、公共需要の多い工種では表明率が高くなる、民間需要の割合が大きい工種は低くなるという傾向です。また、同資料では国交省直轄工事の受注頻度の程度で表明率が上下に分かれる点も指摘しています(受注が多いと表明率は高く、少ないと低い)。

以上のことから、国交省直轄工事以外の分野、民間需要分野での「賃上げ」への取組には弱い傾向が見られ改善の必要性が見られます。

4 賃上げのメリット・デメリット

入札加点制度に対応するためには賃上げが必要ですが、その賃上げにはどのようなメリット・デメリットが生じ得るのか説明しましょう。

4-1 賃上げのプラス面

以下のようなプラス効果が期待できます。

1)国交省等工事案件での落札

2022年4月より、大企業の場合は対前年度比で3%以上、中小企業の場合は対前年度比で1.5%以上の賃上げ表明により、総合評価落札方式の入札評価で5%以上の加点が受けられる優遇措置が開始されました。

この5%以上の加点が落札にどう影響するかは、個々の建設事業者の状況にもよりますが、先の利用状況から判断すると、その影響は決して小さいものとは言えないでしょう。

なお、都道府県や市区町村の公共工事への対象拡大については、憂慮する声が出ていることもあり、どう進展するかは不明です。しかし、対象拡大された場合には建設業全体に大きく影響することになるため、賃上げへの取組が求められます

2)賃上げ促進税制の利用

中小企業等が賃上げすることで税金の優遇措置が受けられます。この制度は中小企業向け「賃上げ促進税制」で、青色申告書を提出している中小企業者等が、一定の要件を満足させ、前年度より給与等の支給額を増加させると、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できるのです。

本制度の適用期間は令和4年4月1日~6年3月31日までの期間内に開始する事業年度が対象で、個人事業主については、令和5年および令和6年の各年が対象になります。

控除率は15%から最大40%(上限は法人税額の2割)となっており、要件を満足することで大きな節税が可能です。

3)人材確保の容易化

就職・転職の際の職業や企業の選択においては、様々な要素を踏まえて検討されますが、「賃金の高さや収入の多さ」も重要な選定要因となっているため、賃金アップは人材確保を容易にする可能性があります。

「平成30年度版子供・若者白書」の「特集 就労等に関する若者の意識」によると、「仕事選択に際して重要視する観点」として、「収入が多いこと」が「安定していて長く続けられること」と並んで、「とても重要」または「まあ重要」と回答した者の割合が88.7%と最多であることが示されています。

また、「働くことへの不安について」の問いでも、「十分な収入が得られるか」の項目は、「とても不安」または「どちらかといえば不安」と回答を合わせると76.5%で最も多くなりました。

仕事に対する価値観は様々ですが、社会人としての生活の基盤を作るためには一定の収入を確保する必要があるほか、より豊かな生活を送るには人並み以上の収入も重要になります。そのため賃上げして世間水準以上の報酬体系を整備することは人手不足で苦しむ建設業にも不可欠な取組と言えるでしょう。

4)人材の定着とモチベーションアップ

賃上げは離職を防ぎ長期雇用の維持に貢献するとともに、従業員の仕事への意欲を高め会社へのロイヤリティの向上にも役立ちます。

令和3年の「産業別入職率・離職率」を見ると、建設業の離職率は9.3%と、他の業界に比べるとそれほど高い数値(悪い数値)ではないですが(産業別で10位程度)、入職率は9.7%と低い数値で良いとは言えません。入職者が少ない中、離職者が増えてしまうと、たちまち人手不足となり業務(作業)が滞ってしまう恐れが生じます

こうした状況について、国交省の「建設業の働き方として目指していくべき方向性」では「企業が考える若年技能労働者が定着しない理由(複数回答)」が示されました。

それによると、企業側の「若年技能労働者が定着していない理由」としては、「作業がきつい」が42.7で最多で、「労働に対して賃金が低い」が4番目に多くなっています。

また、建設業離職者側の「建設業での仕事を辞めた一番の理由」としては、「雇用が不安定である」が9.6で最多で、「労働に対して賃金が低い」が4番目に多いです。

離職や未定着に繋がる要因は様々ですが、上記の通り収入・賃金の程度も大きく影響するため、賃上げによって離職等の改善が期待できます。

また、賃上げは従業員のモチベーションアップに繋がる可能性が小さくありません。労働経済学においては、労働者の生産性より高い賃金の支払いにより全体の生産性が高まるという「効率的賃金仮説」の考え方があります。

この説に従えば、賃上げは仕事への意欲を高めて生産性の向上へと繋がり業績アップが期待できるようになるのです。

4-2 賃上げのマイナス面

賃上げには以下のようなマイナス効果を生じさせる可能性もあります。

1)人件費増による財務への悪影響

仕事量とともに利益が上昇する場合の賃金アップは、企業財務への負担も小さいですが、そうでない場合は負担が重くなり利益の低下とともに資金繰りを悪化させかねません

賃金アップは様々なメリットの享受に繋がりますが、収益の向上を伴わない中で賃上げすれば、利益を減少させることになります。特に人件費は主に現金支出として毎月流出していくため、賃上げは毎月のキャッシュアウトを増大させ資金繰りの悪化に直結することになるのです。

加えて生産性の向上を伴わない賃上げはコストの上昇に繋がり競争力を低下させ、収益を低下させることになります。以上のことから、賃上げは企業の財政を悪化させる直接的な要因となるため、収益の拡大や生産性の向上のない場合は倒産リスクを高めることになりかねません

2)他の投資等の抑制に影響

賃上げにより資金繰りが悪化すれば、他の投資等を控えざるを得ない状況になる恐れも生じます。設備・機械等を更新する、新製品を開発する、そのための人材を新たに採用する、業務のデジタル化を進める、といった戦略的な課題に対応するための投資等が困難になりかねません

こうした戦略的課題の解決に向けた取組は中長期的な視点で実施することになるため、毎月の資金繰りといった短期的な問題よりも後回しになりがちです。その結果、投資等が遅れて競争力の低下や問題の発生といった事態に陥り、将来の経営を危うくさせることは珍しくありません

3)賃上げ資金の捻出に向けた取組の負担

人件費増の資金を確保するためには、これまでの業務や取引等を見直すなどの取組も必要となるため、それを実現しようとする企業には負担となることもあります。

業務改善を常日頃から取り組んでいる企業にとっては大した問題ではないですが、既存の業務プロセスの遂行に追われて、業務のデジタル化・DX化や新事業開発などの戦略的な課題に取り組んでいない企業にとっては重い経営上の負担になる可能性は低くありません

たとえば、そうした課題に取り組んだ場合に、既存の業務が疎かになって生産性が低下したり、作業にミスが多発したりするといった問題が生じかねないのです。

せっかくの新しい取組も既存の業務に問題が出るようでは意味がないため、そうした支障が出ない内容・方法や範囲・量などを適切に設定して進めることが求められます。

5 建設業者が賃上げに向けてやっておきたい取組

建設業者が賃上げを実現するために取り組んでおきたい点を紹介しましょう。

5-1 業界全体での生産性の向上

建設業の生産プロセスは、大まかに「企画段階」「設計段階」「施工段階」「供用・維持管理段階」に分かれ、このプロセスの中で、発注者、設計者、施行者(元請と下請)、資機材業者・物流業者・工場製品製造業者、といったプレイヤーが存在します

このプロセスでは以下のような課題が存在しています。

  1. ・施工に手戻りを生じさせない設計や適切な積算
  2. ・建設・土木事業の品質向上や生産性向上に役立つ3次元モデルの活用(BIM、CIM)
  3. ・初期段階からの設計と施工が協働した設計図書の作成
  4. ・受発注者間や元請下請間での適正工期や下請取引等の改善
  5. ・施工段階で発生し得る様々な追加リスクへの対応
  6. ・プレキャストなど工場製品の増加対応(建設資材の工業化の推進)
  7. ・ICTを活用した資材納入等の効率化
  8. ・AI、IoTなどの積極的な活用

これらの課題解決には、各建設業者自身の努力による取組のほか、受発注者間や元請下請間等での協力した取組が必要であり、業界全体での生産性の向上に向けた取組が求められているのです。

5-2 各建設業者の生産性向上

賃上げの実現には、各建設業者も今までの自社の業務プロセスを見直し、生産性を高めることが欠かせません。

上記の業界全体の課題のほか、これまでの自社の業務プロセスを改善することが求められます。企画・設計・調達・施工・販売・アフターサービスなどの各プロセスのあり方を最も効率的・効果的な方法で遂行できるように見直すことが必要です。

企画や設計のやり方の変更やデジタル技術の活用、資材や機械・工具等の購入品の変更、調達先や下請先の見直し、施行方法の効率化の推進、WEBやデジタル技術を使った販売促進、などを進め、自社の業務プロセスを改善する定期的な取組が望まれます(DXの視点による改善等)

5-3 取引条件の改善

下請企業の場合は、元請企業と交渉して工事単価の見直しを求めることも必要です。特に国交省が発注する工事においては、労務単価が上昇しているケースも多いため、それを自社の受注単価に反映させることは道理と言えます。

労務単価が上昇した新しい工事案件については、その上昇分に一定程度対応させた工事単価で元請企業と交渉することも必要です。下請けの立場は弱いですが、正当な理由がある場合には単価アップを申し出ることも検討していかねばなりません

なお、元請企業との関係を壊さず適切に維持していくためには、交渉できるだけの信頼関係を作っておくことが重要です。

5-4 税制優遇措置、補助金・助成金等の活用

賃上げ資金を確保したり、そのための業務改善に必要な資金を捻出したりするためには、国等の税制優遇措置、補助金・助成金等を活用することも必要になります。

税制優遇措置については、先に紹介した「賃上げ促進税制」があるほか、補助金・助成金については、以下のような施策が期待できるでしょう。

  1. ・「小規模事業者持続化補助金」
    小規模事業者が行う販路開拓や事業モデルの刷新、業務効率化、働き方改革などでの利用が可能です。
  2. ・「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」
    新製品の試作品やサービスの開発、生産性向上を目的とした設備投資に利用できます。
  3. ・「IT導入補助金」
    業務効率化やデータ活用などを目的としたITツールの導入での利用が可能です。
  4. ・「建設事業主等に対する助成金」
    建設労働者の雇用制度の整備や職場環境の改善、スキルアップへの取組に利用できます。
  5. ・「事業再構築補助金」
    新分野展開、事業転換、業種転換、業態転換、または事業再編という思い切った事業再構築に関しての利用が可能です。

6 まとめ

政府調達において、総合評価落札方式による入札案件で賃上げ実施企業への加点措置が令和4年4月からスタートし、それに対応して賃上げ表明する企業が増えてきました

国土交通省の令和4年の工事入札案件を見ると、賃上げ表明した事業者が6割以上となっており、落札案件が多いほど、その表明率は高く、「賃上げ」が仕事の受注に有効とになっているようにも見えます

賃上げにはそのための資金の確保が必要ですが、入札での有利さのほか、人材確保・人材定着・従業員のモチベーションアップや業務改善による生産性向上などに繋がるため、検討してみてください。

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