建設業の請負業者が加入しておきたい賠償責任保険とは
建設業の請負は、業務の遂行上様々な事故に遭遇するリスクがあります。請負業者賠償責任保険は、請負作業の遂行中に発生した事故により、他人に危害・損害を与えた場合の損害賠償責任を負担することで被る損害を補償してくれる心強い保険です。
しかし、いざ加入しようとすると、請負業者賠償責任保険で補償される範囲はどこまでか、請負業者賠償責任保険だけで損害をカバーしきれるかなど、様々な疑問が生じるのではないでしょうか。
そこで本記事では、請負業者賠償責任保険の概要や他の保険との違いなどを解説するとともに、請負業者賠償責任保険だけで万全な備えができるかについて解説していきます。建設業の請負業者の方は、ぜひ参考にしてください。
目次
1 請負業者賠償責任保険の概要
はじめに、請負業者賠償責任保険はどのような保険かをみていきましょう。同じ請負業者賠償責任保険でも、商品を提供する保険会社によって補償範囲や補償要件などが微妙に異なります。
1-1 請負業者賠償責任保険とは
請負業者賠償責任保険は、次の事故により他人の生命・身体を害し、または財物を滅失・毀損・汚損した場合に、法律上の損害賠償責任を負担することで被る損害を補償してくれる保険です。
- ①請負作業の遂行中に発生した偶然の事故
- ②請負作業遂行のために所有・使用・管理している施設の欠陥や管理の不備により発生した偶然の事故
例をあげると、次のものが該当します。
【請負作業遂行中の事故】
①建設現場で足場の上から工具を落とし、通行人が怪我をした
②建設現場で足場が落下し、付近に駐車していた自動車を破損した
③建設現場でクレーンが倒れ、付近の民家を破壊した
④道路工事現場で、ショベルカーが誤って民家の塀を破壊した
【請負作業遂行のために所有・使用・管理している施設の欠陥、管理の不備により発生した事故】
①建設現場の作業員休憩所から出火し、付近の住宅に延焼した
②建設現場の資材置き場が崩れ、通行人が怪我をした
請負業者賠償責任保険は、
- ①請負作業に起因して事故が発生したことで、
- ②他人に危害や損害を与え
- ③法律上の損害賠償責任を負うことで損害が発生した
ことが、補償の要件になっています。
1-2 保険金の種類
請負業者賠償責任保険で支払われる保険金の種類は、次のとおりです。
①損害賠償金
法律上の損害賠償責任に基づき、被害者に支払われる治療費や修繕費です。
②緊急措置費用
被害者に応急手当を施す、または病院へ搬送するなど、緊急措置に要した費用です。
③損害防止軽減費用
発生した事故について、損害の拡大を防止・軽減するために要した費用です。
④権利保全費用
発生した事故について、他人から損害賠償を受けようとする場合に、その権利を保全・行使するために要した費用です。
⑤争訟費用
被害者との間で法的な争いが生じた場合に必要となった裁判費用や弁護士費用です。
⑥解決協力費用
事故の解決にあたる保険会社に協力するために必要となった交通費や通信費などの費用です。
1-3 保険の対象となる請負作業
請負業者賠償責任保険の対象となる主な請負作業(工事・仕事)は、次のとおりです。
- ・各種下地工事
- ・道路建設工事
- ・道路等の舗装工事
- ・軌道建設工事
- ・ビル建設工事
- ・橋梁建設工事
- ・各種建築物設備工事
- ・移動・解体・取壊工事
- ・プラント・機械装置の組立・据付工事
- ・高層建築物(鉄塔・高架線等)建築工事
- ・建築物設備・機械装置等の改修または維持工事
- ・土地造成工事
- ・荷役
- ・清掃
- ・造園
- ・芝刈・草刈作業
- ・除草作業
- ・殺虫殺鼠(害虫等駆除)
- ・引越
- ・運送
- ・撮影・取材
- ・除雪
- ・調査・測量
- ・放置車両確認業務
- ・ビルメンテナンス業務 など
1-4 保険の対象とならないケース
以下のケースは、請負業者賠償責任保険の対象となりません。
- ・地下工事、基礎工事、土地の掘削工事に伴う土地の沈下・隆起・移動・振動・土砂崩れを原因とする土地の工作物・収容物・付属物・植物・土地の滅失・毀損・汚損について負う賠償責任
- ・地下工事、基礎工事、土地の掘削工事に伴う土地の軟弱化・土砂の流出入を原因とする地上の構築物・収容物・土地の滅失・毀損・汚損について負う賠償責任
- ・地下工事、基礎工事、土地の掘削工事に伴う地下水の増減について負う賠償責任
- ・保険契約者または被保険者の故意によって生じた賠償責任
- ・被保険者と第三者の間に交わされた特別の約定により加重された賠償責任
- ・被保険者が所有・使用・管理する財物を滅失・毀損・汚損した場合、その財物の正当な権利者に対して負う賠償責任
- ・被保険者と生計を共にする同居の親族に対する賠償責任
- ・被保険者の使用人が、被保険者の業務に従事中に被った身体の障害に起因する賠償責任
- ・被保険者の下請人またはその使用人が、被保険者の業務(下請業務含む)に従事中に被った身体の障害に起因する賠償責任
- ・戦争・外国の武力行使・革命・政権奪取・内乱・武装反乱・その他類似の事変・暴動・騒じょう・労働争議に起因する賠償責任
- ・地震・噴火・洪水・津波などの天災に起因する賠償責任
- ・液体・気体・固体の排出・流出・溢出に起因する賠償責任
- ・原子核反応・原子核の崩壊に起因する賠償責任
- ・石綿等の人体への摂取・吸引、石綿等への暴露による疾病、石綿等の飛散・拡散に起因する賠償責任
- ・航空機の所有・使用・管理に起因する賠償責任
- ・パラグライダー・ハンググライダー・パラセーリング・熱気球の所有・使用・管理に起因する賠償責任
- ・自動車の所有・使用・管理に起因する賠償責任(貨物の積込み・積降ろし作業に起因する賠償責任を除く)
- ・仕事の終了・放棄の後に、仕事の結果に起因して負担する賠償責任
- ・被保険者の占有を離れ施設外にある財物に起因する賠償責任
- ・塵埃・騒音に起因する賠償責任
- ・被保険者・その使用人・その他被保険者の業務の補助者が行う医療行為・はり・きゅう・あんま・マッサージ・指圧・柔道整復に起因する損害
- ・LPガス販売業務に起因する損害
2 請負業者賠償責任保険の主な特約
次に、請負業者賠償責任保険には、どのような特約を付けることができるかをみていきましょう。請負業者賠償責任保険の本契約では、補償の対象外とされる部分がありますが、特約を付けることで補償の範囲を広げることができます。
2-1 管理財物損壊担保特約
管理財物は、被保険者が管理している財物です。管理財物は、工事や仕事を行うために直接使用している財物のみでなく、実際に被保険者の管理下にある財物も含みます。管理財物損壊担保特約は、請負作業中に、被保険者が管理している財物を滅失・毀損・汚損・紛失することで損害が生じた場合に補償を受けるための特約です。
請負業者賠償責任保険では、請負作業中に他人の身体や財物に危害・損害を与えた場合は、補償の対象となります。しかし、請負作業中であっても、被保険者が管理する財物に損害が発生した場合は補償の対象にはならず、被保険者が自分で損失を負担する必要があります。
しかし、この特約を付けておくことで、被保険者が管理する財物への補償も受けることができます。
2-2 借用財物損壊担保特約
借用財物は、被保険者が他人から借りた財物です。借用財物損壊担保特約は、工事や仕事を行うために、被保険者が作業場内および保険証券記載の施設内において他人から借りて使用・管理する財物を滅失・毀損・汚損することで、貸主に対して損害賠償責任を負う場合に補償を受けるための特約です。
他人から借りた財物は貸主に返還する義務がありますが、滅失・毀損・汚損することで返還不可となるため損害賠償責任が発生します。
借用財物損壊担保特約で注意すべき点は、作業場内および保険証券記載の施設内など契約で定められた場所で発生した損害だけが補償対象となり、それ以外の場所で生じた損害は補償の対象外となることです。また、補償の対象となるのは、借用財物の滅失・毀損・汚損であり、紛失や盗難は補償の対象外となります。
2-3 支給財物損壊担保特約
支給財物は、被保険者が他人から支給された財物です。支給財物損壊担保特約は、工事や仕事を行うために、被保険者が他人から支給された財物を滅失・毀損・汚損することで、貸主に対して損害賠償責任を負う場合に補償を受けるための特約です。
他人から支給された財物は貸主への返還義務があり、支給財物を滅失・毀損・汚損することで損害賠償責任が発生するのです。借用財物損壊担保特約と同様に、補償の対象となるのは、支給財物の滅失・毀損・汚損であり、紛失や盗難は補償の対象外となります。
2-4 工事遅延損害補償特約
工事遅延損害補償特約は、事故発生などのために工事の完了時期が遅れることによる損害賠償責任について補償をうけることができる特約です。請負工事契約では、工事完了時期が遅れると遅延金を負担しなければならない定めが多く
みられます。
しかし、この特約を付けることで、事故やトラブルなどによる工期の遅れから生じる損害について補償を受けることができます。
2-5 地盤崩壊危険補償特約
請負業者賠償責任保険の本契約では、地下工事や基礎工事、土地の掘削工事による不測かつ突発的な土地の沈下・隆起・移動・振動・軟弱化・土砂崩れ・土砂流出・土砂流入により、また、地下工事や基礎工事、土地の掘削工事による地下水の増減による地盤の崩壊のために他人の財物が損壊したことで被保険者が損害賠償を負っても、補償の対象にはなりません。
地盤崩壊危険補償特約は、上記のような場合に補償を受けるための特約です。
3 請負業者賠償責任保険の契約方法と保険料
次に、請負業者賠償責任保険の契約方法や保険料についてみていきましょう。
3-1 年間包括契約と個別スポット契約
請負業者賠償責任保険の契約方式には、以下のように、「年間包括契約」と「個別スポット契約」の2種類があります。
①年間包括契約
あらかじめ定めた工事や仕事について、一括して保険を設定する方式です。
保険期間は、通常1年間となります。
保険の対象となる工事・仕事は、個々具体的に定める必要はなく、「被保険者が元請業者となる工事」、「〇〇社が施工する建物解体工事」などのように、大きな枠組みで設定することができます。
年間包括契約は、1度契約すれば、あらかじめ定めた工事や仕事について1年を通して保険の対象になります。そのため、個別の工事や仕事について、その都度保険に加入する手間がかかりません。また、保険のかけ忘れなどの事務的なミスも防止できます。
このように、年間包括契約は、事務作業負担の軽減と契約漏れ防止の両面で役立ちますが、保険料が割高になるデメリットがあります。
②個別スポット契約
個々の工事や仕事ごとに保険を設定する方式です。保険期間は、工事や仕事の期間に合わせて設定します。保険期間は、何かの事情で工事期間が延びた場合に備え、工事・仕事の期間より長く設定することも可能です。
個別スポット契約は、個々の工事や仕事に合わせて保険期間を必要最小限に設定すれば、保険料を節約できるメリットがあります。
その反面、個々の工事や仕事ごとに保険加入手続きを行わなければならず、事務的な負担が増えます。また、事務的なミスから保険の加入漏れが発生する可能性もあります。
3-2 支払限度額と自己負担額の設定
支払限度額は、事故が生じた場合に保険会社が支払う保険金の最高限度額です。支払限度額は、対象となる工事や仕事の種類・規模・内容などに応じて、例えば、以下のように保険加入者が設定します。
①身体障害の場合:被害者1名につき5,000万円、1事故につき1億円
②財物損壊の場合:1事故につき2,000万円
自己負担額は、事故の損害のうち被保険者が負担する金額です。保険金は、事故の損害額から被保険者自己負担額を差し引き、保険会社の支払限度額を上限として支払われることになります。自己負担額も、保険加入者が身体障害、財物損壊のそれぞれに設定します。
3-3 保険料の算出
保険料は、保険対象となる工事や仕事の規模・内容・支払限度額・自己負担額・特約条項の有無などによって異なってきます。
三井住友海上火災保険では、保険料の例として以下のものを挙げています。
①年間見込完成工事高3億円のビル建設業の場合
〇年間包括契約
区分 | 1名の支払限度額 | 1事故の支払限度額 | 1事故の自己負担額 |
---|---|---|---|
身体障害 | 1億円 | 2億円 | 1,000円 |
財物損壊 | − | 1億円 | 1,000円 |
上記の契約内容で期初に支払う暫定保険料=約79万2,000円(各種割増引適用前)
②年間見込完成工事高2.5億円の建築物設備工事業の場合
〇年間包括契約
区分 | 1名の支払限度額 | 1事故の支払限度額 | 1事故の自己負担額 |
---|---|---|---|
身体障害 | 5,000万円 | 3億円 | なし |
財物損壊 | − | 3,000万円 | なし |
上記の契約内容で期初に支払う暫定保険料=約96万4,000円(各種割増引適用前)
4 請負業者賠償責任保険のメリット
次に、請負業者賠償責任保険には、どのようなメリットがあるかをみていきましょう。
4-1 作業中の事故と施設に起因する事故の両方をカバーできる
請負業者賠償責任保険は、
- ①請負作業の遂行中に発生した事故
- ②請負作業遂行のために所有・使用・管理している施設の欠陥や管理の不備により発生した事故
の両方が補償の対象になります。
①の請負作業中の事故については、建設業では、当然その発生を想定して備えをしておくべきものですが、②の請負作業遂行のために所有・使用・管理している施設にかかる事故については、意外に盲点となります。
しかし、例えば、作業員休憩所における火の不始末や資材置き場における乱雑な材料の置き方などが事故に繋がる可能性は否定できません。
請負業者賠償責任保険は、作業中の事故のみでなく、施設の欠陥や管理の不備に起因する事故の両方をカバーできる保険なのです。
4-2 保険の対象となる請負作業の範囲が広い
請負業者賠償責任保険の対象となる請負作業は、各種地下工事や道路建設工事をはじめ土木工事、建築工事、解体工事、設備改修、清掃、引越、運送など多種にわたっています。
これは、他人の身体や財物に危害・損害を与える可能性がある請負作業が広く保険の対象とされていることによります。
このように、保険の対象となる請負作業の範囲が広いことは、請負業者賠償責任保険で保護される請負の職種やそこで働く労働者を広くカバーできるメリットといえます。
4-3 事故に関連する費用も補償対象になる
請負業者賠償責任保険で補償されるのは、被害者に支払われる治療費や修繕費などの損害賠償金だけではありません。
請負業者賠償責任保険では、上記の損害賠償金のほか、次の費用も補償の対象になります。
- ①被害者に応急手当を施す、病院へ搬送するなどの緊急措置費用
- ②発生した事故の損害拡大を防止・軽減するための費用
- ③他人から損害賠償を受ける場合にその権利を保全・行使するための費用
- ④被害者との間で法的な争いが生じた場合の裁判費用や弁護士費用
- ⑤事故の解決にあたる保険会社に協力するために要した交通費や通信費などの費用
4-4 特約で補償対象を広げることができる
請負業者賠償責任保険の補償対象は、本契約で定められています。本契約では、請負作業中に、被保険者が管理する財物や他人から借用した財物、他人から支給された財物に損害が発生しても補償の対象になりません。
これに対しては、管理財物毀損担保特約、借用財物毀損担保特約、支給財物毀損担保特約などの特約を付けることで補償の対象に加えることができます。
また、本契約では、事故発生などで工事完了時期が遅れることによる損害賠償責任や地下工事などで不測かつ突発的な土地の沈下や土砂崩れなどが発生したために、他人の財物が損壊し被保険者が損害賠償を負う場合は補償の対象になりません。
これについても、工事遅延損害補償特約や地盤崩壊危険補償特約を付けることで補償対象にすることが可能です。
このように、当初、本契約で定められた補償対象は、特約条項を付加することでその範囲を広げることができるのです。
4-5 下請負人も補償対象者になる
請負業者賠償責任保険では、契約した企業は被保険者として補償の対象者になります。そればかりではなく、その企業のすべての下請人も被保険者として補償を受けることができます。
4-6 総合賠償責任保険より割安である
後で説明しますが、企業の損害賠償リスクを幅広く補償する保険に総合賠償責任保険があります。請負業者賠償責任保険は、請負作業に起因する事故による損害賠償責任を負った場合にのみ補償がされますが、総合賠償責任保険は、請負作業と請負作業以外の仕事の両方を広く補償対象としてカバーしています。
また、請負業者賠償責任保険は、請負作業が終了して引き渡した完成物や仕事の結果に起因する事故により損害賠償責任を負った場合には補償の対象外となってしまいますが、総合賠償責任保険では、このような完成物や仕事の結果が原因となる場合も補償範囲となっています。
このように、企業に想定される様々なリスクを幅広くカバーしている保険が総合賠償責任保険ですが、補償範囲が広いことから、保険料が高くなる場合があります。
それに対して、請負業者賠償責任保険は、請負作業中に発生した事故による損害賠償責任を負うことによる損害を補償する保険として、補償対象が限定されていることから、総合賠償責任保険に比べて保険料が安く済む傾向があります。
保険料は、保険対象となる工事や仕事の規模・内容・支払限度額・自己負担額・特約条項の有無などによって異なってきます。
そのため、一概には断言できませんが、請負業者賠償責任保険は、手頃な保険料で請負作業による事故に限定した備えができる保険といえます。
5 請負業者賠償責任保険の注意点
次に、請負業者賠償責任保険に加入する場合の注意点についてみていきましょう。
5-1 請負作業に起因する損害賠償責任でなければ補償されない
請負業者賠償責任保険は、
- ①請負作業の遂行中に発生した事故
- ②請負作業遂行のために所有・使用・管理している施設の欠陥や管理の不備により発生した事故
により他人の生命・身体を害し、または財物を滅失・毀損・汚損した場合に、法律上の損害賠償責任を負担することで被る損害を補償してくれる保険です。
補償の対象となるのは、請負作業に起因する事故により損害賠償責任を負う場合であり、請負作業と関係がない事故は補償されません。
例えば、
①建設会社の看板が落下して、通行人に怪我をさせた
②土木会社が自社の乗用車を洗浄中に誤って通行人に水をかけ、衣服を汚した
などは、請負作業に起因する事故ではないため、保険の対象外です。
このような請負作業外のケースをカバーするには、総合賠償責任保険に加入する必要があります。
5-2 法的な損害賠償責任が発生しないと補償されない
請負業者賠償責任保険は、請負作業中に発生した事故、または、請け負った仕事を行うため管理する施設に起因する事故により法律上の損害賠償責任を負った場合に、被保険者が被る損害を補償してくれる保険です。
請負作業中に発生した事故や管理する施設が原因の事故で、他人に危害・損害を与えても、法律上の損害賠償責任が発生しないと補償の対象になりません。
例えば、相手方に過失があり法律上の損害賠償責任が発生しない場合に、被保険者が道義上の理由から見舞金などを拠出したとしても、保険の対象にはなりません。
5-3 自己の所有・使用・管理する財物が損害を受けても補償されない
被保険者が請け負った仕事を行うために所有・使用・管理する財物を滅失・毀損・汚損した場合、その財物の正当な権利者に対して負う賠償責任は補償の対象外となります。
例えば、建設現場の作業員宿舎から出火し、付近の住宅を燃やしてしまった場合に、延焼した住宅所有者に対して損害賠償責任を負うことによる損害は補償の対象になりますが、被保険者所有の作業員宿舎が燃えたことによる損害は補償の対象外となります。また、その場合、作業員宿舎の中に置いてあった他社からレンタルした機械や工具が燃えてしまっても補償はされません。
ただし、このようなケースでは、あらかじめ、本契約に管理財物損壊担保特約、借用財物損壊担保特約、支給財物損壊担保特約などの特約を付けることで、受託財物を除く範囲は補償対象に加えることができます。
5-4 仕事終了後や工事対象物引渡し後の損害賠償責任は補償されない
請負業者賠償責任保険は、請負作業中に発生した事故、または、請け負った仕事を行うために所有・使用・管理している施設が原因で事故が起きた場合が補償の対象になります。
請負作業の終了後や完成物引渡し後に、その作業結果や完成物の欠陥が原因で事故が起きた場合は、補償の対象外となります。
例えば、ビル建設の請負工事で、完成したビルを引き渡した後、屋上防水の欠陥により漏水して他人に損害を与えたとしても、請負作業中の事故ではないため補償の対象外となります。
仕事終了後や工事対象物引渡し後の損害賠償責任をカバーするには、別途PL保険(生産物賠償責任保険)、または総合賠償責任保険に入ることが必要です。
5-5 保険期間中の事故でなければ補償されない
請負業者賠償責任保険は、請負業務の開始・終了時期にかかわらず、保険期間中に発生した事故による損害でなければ補償の対象にはなりません。
例えば、1年間の包括契約の場合に、請負業務期間の途中で保険期間が切れる場合があります。
この場合、保険期間中から同一の請負業務が継続していても、保険期間が切れた後に発生した事故は補償の対象にはなりません。建設工事では、請負業務中に無保険の期間が生じないよう、更新手続きをしっかりと行うことが大切です。
6 請負業者賠償責任保険と他の保険との違い
建設業における事故をカバーする保険には、様々な種類があります。次は、請負業者賠償責任保険と他の類似保険とは、どこが違うのかをみていきましょう。
6-1 建設工事保険
建設工事保険は、住宅・マンション・事務所などの建築工事中に生じた突発的な事故による損害を補償してくれる保険です。建築現場は、火災・放火・盗難など様々なトラブルが発生する危険性がありますが、そのようなトラブルによる損害を広くカバーしてくれるのが建設工事保険です。
【保険の対象】
建設工事保険の対象は、住宅・マンション・事務所ビルその他の建築工事の現場における以下のものです。
- ① 工事の対象物(本工事)
- ② ①に付随する仮工事の対象物
- ③ ①および②の工事のための工事用仮設物
- ④ 工事用仮設建物
- ⑤ 工事用仮設建物内の什器・備品
- ⑥ 工事用材料
- ⑦ 工事用仮設材
なお、建築工事であっても、以下の工事は保険の対象になりません。
- ①鉄塔・タンク等の鋼構造物を主体とする組立工事
- ②道路・土地造成・擁壁等の土木工事を主体とする工事
- ③解体・撤去分解・取片づけ工事
【保険の期間】
建設工事保険の保険期間は、原則として、工事着工時から工事対象物の引き渡し予定時までとなっています。
【請負業者賠償責任保険との違い】
請負業者賠償責任保険は、請負作業中に発生した偶然な事故により、または、請け負った仕事を行うために所有・使用・管理している施設が原因で他人の身体・財物に危害・損害を与えることで損害賠償責任を負った場合に、被保険者が被る損害を補償してくれる保険です。
請負業者賠償責任保険は、請負作業中に発生した偶然な事故であっても、被保険者自身が受けた危害・損害は補償の対象外です。すなわち、請負作業中に発生した偶然な事故や所有・使用・管理している施設が原因で他人に危害・損害が及ばなければ、補償の対象になりません。
例えば、請負作業中に発生した偶然な事故により自社の作業員が怪我をした、請け負った工事や仕事を行うために所有・使用・管理している施設で火災が発生した、盗難の被害に遭ったなど、被保険者自身が損害を受けても補償されないのです。
これに対し、建設工事保険は、住宅・マンション・事務所などの建築工事中に生じた突発的な事故であれば、工事本体・仮設物・材料・備品などについて、被保険者自身が受けた損害を補償してくれます。
しかし、建設工事保険の保険対象は、工事対象物や材料、備品などであるため、被保険者やその従業員が身体に危害を受けても補償の対象にはなりません。
6-2 PL保険(生産物賠償責任保険)
PL保険は、製造・販売した商品や行った仕事の結果が原因で、他人の身体・財物に危害・損害を与えることにより損害賠償責任を負った場合に、被保険者が被る損害を補償してくれる保険です。
【支払われる保険金】
- ①法的に被害者に支払うべき損害賠償金
- ②訴訟になった場合の弁護士費用などの争訟費用など
【保険の対象とならないケース】
- 故意により発生した事故
- 戦争・変乱・暴動や地震・洪水・津波など天災に起因する事故
- 契約により加重された責任
- 故意または重大な過失による法令違反
- 製造・販売した製品自体を修理・交換する費用、行った仕事の目的物自体を補修する費用
- 製品のリコール費用
- 海外で発生したPL事故、海外の裁判所に提起された損害賠償請求
- PL保険制度に加入した日以前に発生した事故
- 製品の効能が発揮できなかったことに起因する損害賠償責任
【請負業者賠償責任保険との違い】
請負業者賠償責任保険は、請負作業中に発生した事故が保険の対象となります。
このため、請負業者賠償責任保険の保険期間は、原則として工事着工の時から工事対象物の引き渡し予定時までとなっています。
したがって、工事が完了して完成物を引き渡してしまった後に、完成物の欠陥により他人に危害や損害を与えても、保険の対象とはなりません。
例えば、防水工事の完了・引渡し後、工事の欠陥が原因で建物内に雨水が侵入し、他人に損害を与えても補償はされません。
それに対し、PL保険では、製造・販売した商品や行った仕事の結果が原因で、他人の身体・財物に危害・損害を与えることにより損害賠償責任を負った場合に、補償の対象になります。すなわち、工事や仕事が完了してしまった過去のものであっても、要件に該当すれば保険の対象になるのです。
6-3 総合賠償責任保険
総合賠償責任保険は、主に以下の4つのリスクに対応しています。
①業務リスク
業務の遂行中による事故のため、被保険者が法律上の損害賠償責任を負う
②施設リスク
施設の所有・使用・管理に起因する事故のため、被保険者が法律上の損害賠償責任を負う
③生産物・業務結果リスク
建設工事で引き渡した工事対象物や行った建設工事の結果に起因する事故、製造・販売した製品・商品による事故のため、損害賠償責任を負う
④受託物リスク
借用している財物や販売・保管・運送を目的に受託した財物など他人の財物を、壊す・盗まれるなどにより損害賠償責任を負う
総合賠償責任保険は、主にこれら4つのリスクによって被保険者が損害賠償責任を負う場合を想定していますが、さらに、来訪者財物損壊補償や被害者治療等補償などその他の補償にも広く対応しています。
すなわち、総合賠償責任保険は、請負業者賠償責任保険とPL保険の両方の役割を併せ持った上で、企業が遭遇し得る様々なリスクを幅広くカバーする保険といえます。
このため、補償対象が異なる個別の保険に複数入るよりも、広い範囲の補償を効率よく受けることができます。
【保険の対象】
所有・使用・管理する施設
②仕事
遂行するすべての仕事
③生産物
製造・販売・提供した財物
④仕事の結果
遂行するすべての仕事の結果
⑤受託物
借用、受託している財物
【支払われる保険金】
- ①法的に被害者に支払うべき損害賠償金
- ②訴訟になった場合の弁護士費用などの争訟費用
- ③緊急対応費用、被害者見舞・臨時費用、被害者治療等費用など被害者対応に要する費用
- ④汚染浄化費用、原因調査費用、協力費用など事故対応に要する費用
【請負業者賠償責任保険との違い】
請負業者賠償責任保険は、請負作業中に発生した偶然な事故、または請け負った仕事を行うために所有・使用・管理している施設に起因する事故が補償の対象になります。
総合賠償責任保険は、その請負業者賠償責任保険における補償をカバーするほか、請負作業外の仕事による事故も補償の対象になります。
例えば、建設会社が自社ビルの清掃中に、誤って通行人に水をかけて衣服を汚した場合などは、請負作業中の事故ではありませんが、補償の対象になります。
さらに、総合賠償責任保険は、引き渡した工事対象物や行った工事の結果による事故、また、借用している財物や販売・保管・運送を目的に受託した財物などの滅失・毀損・汚損による事故なども補償対象になります。また、特約の付け方によっては、さらに幅の広い補償を受けることも可能です。
7 請負業者賠償責任保険のみで備えは万全か
これまで、請負業者賠償責任保険の概要や他の保険との違いについてみてきましたが、建設業では、請負業者賠償責任保険のみ加入すれば備えが万全といえるのでしょうか。
請負業者賠償責任保険など個別の保険は、補償対象がそれぞれ異なり補償される範囲も限られていることから、いざという時の備えとして不安が生じることがあります。
そうかといって、広く補償を受ける目的で、補償対象がそれぞれ異なる個別の保険に複数加入すると、その分費用がかかってしまいます。また、複数のリスクに対応でき補償範囲が広い総合賠償責任保険に単発で加入する方法がありますが、これも補償範囲が広い分保険料が高くつく場合があります。
また、請負業者賠償責任保険に加入する場合でも、コストのかかる特約を付加すべきかどうか判断に迷う場合があります。
これらの問題を解決し、できるだけ経費を節減しながら、いざという時のために万全の備えをしておくにはどうすればよいのでしょうか。
この問題を解くには、請負業者賠償責任保険の本契約では補償されない主なパターンを整理して、個別に検討を加えていくのが早道でしょう。
請負業者賠償責任保険の本契約で補償されない主なパターンは、以下のとおりです。
- ①請負作業に起因しない損害賠償責任
- ②仕事終了後・工事対象物引渡し後の損害賠償責任
- ③法的な損害賠償責任が発生しない場合
- ④自己の所有・使用・管理する財物の損害
- ⑤工事完了の遅れによる損害賠償責任
- ⑥地下工事等による土地の沈下、地盤の崩壊等による損害賠償責任
上で、③の「法的な損害賠償責任が発生しないと補償されない」については、総合賠償責任保険やPL保険にも同じ要件があり、他の保険との比較材料にならないため、検討対象から除外します。
また、④~⑥については、請負業者賠償責任保険の特約として、まとめて検討します。
7-1 請負作業に起因しない損害賠償責任の検討
①の「請負作業に起因しない損害賠償責任」については、自社で所有・使用・管理する施設の欠陥や管理不備により事故が発生する虞があるかどうかがポイントになります。
建物や倉庫・資材置場などが老朽化している、管理が行き届いていない、よく火を使って危ないなどの理由で、落下物や火災などの危険性がある場合は、請負作業以外でも事故が発生する可能性を否定することはできないでしょう。
その場合には、請負作業外の事故にも対応できる総合賠償責任保険の加入を検討するのも選択肢の一つです。
逆に、建物や倉庫・資材置場などの管理が厳格で、請負作業外で事故が発生する可能性がほとんどなければ、請負業者賠償責任保険で対応できる可能性もあります。
7-2 工事対象物引渡し後の損害賠償責任の検討
次に、②の「仕事終了後や工事対象物引渡し後の損害賠償責任」は、自社の工事対象物や仕事の結果について、その完成度や精度が問題になります。そのため、工事の進行管理や竣工検査・完成品検査が十分に行われているかなどについてチェックします。
特に、過去に、建設工事で引き渡した工事対象物や行った建設工事の結果に起因する問題やトラブルが発生したことがあれば、再発防止策や改善策が講じられているかどうかに着眼します。
その結果、業務を進めるにあたり、
- ①法令遵守
- ②進行管理、竣工検査・完成品検査の体制が十分に整っている
などの点で確信が持てる場合は、PL保険や総合賠償責任保険に加入せず、請負業者賠償責任保険で対応する選択肢もあります。
逆に、法令遵守や管理・検査体制が万全ではないと判断される場合は、PL保険または総合賠償責任保険の加入が検討材料となるでしょう。
7-2 特約条項の検討
次は、④~⑥の特約条項の検討です。まず、④「自己の所有・使用・管理財物の損害」ですが、あらかじめ、請負業者賠償責任保険に、管理財物損壊担保特約などの特約を付けることで、受託財物を除く部分は補償対象に加えることができます。
ただし、その前に、自社の所有・使用・管理する財物を対象とする火災保険や車両保険、動産保険などでカバーできるかどうかも確認することが重要です。
一般の保険である程度カバーできれば、無理に特約を付けなくてもよいとの判断もあり得ますが、管理財物の価値が高額であり、一般の保険でカバーしきれない場合は特約の付加を検討すべきでしょう。
次に、⑤の工事完了遅延は、自社の工事進行や工程管理がしっかりとされる体制になっているかをチェックします。天災や事故による工事完了遅れは防ぎようがありませんが、通常の工事遅延は、進行管理をきちんと行うことである程度防止ができます。その体制が確立されているかどうかで、工事遅延損害補償特約の付加を判断します。
次に、⑥の「地下工事等による土地の沈下等による損害賠償責任」については、自社の業務内容からある程度判断が可能です。自社の業務に、ある程度の規模を伴う地下工事、基礎工事、土地の掘削工事などがあれば、業務を遂行する中で、土地の沈下や土砂崩れなどの事故を誘発する可能性を否定できないと判断してよいでしょう。
実際に土地の沈下や土砂崩れが発生したら、その責任は非常に大きなものとなり、保険に加入していなければ、企業単独で対応することは困難です。
少しでも危険性があれば、地盤崩壊危険補償特約の付加が選択肢となります。
7-4 総合賠償責任保険のカバー範囲からの検討
また、総合賠償責任保険のカバー範囲から考えていく方法もあります。総合賠償責任保険は、主に以下の4つのリスクに対応しています。
①業務リスク
業務の遂行中による事故のため、被保険者が法律上の損害賠償責任を負う
②施設リスク
施設の所有・使用・管理に起因する事故のため、被保険者が法律上の損害賠償責任を負う
③生産物・業務結果リスク
建設工事で引き渡した工事対象物や行った建設工事の結果に起因する事故、製造・販売した製品・商品による事故のため、損害賠償責任を負う
④受託物リスク
借用している財物や販売・保管・運送を目的に受託した財物など、他人の財物を壊す、盗まれるなどにより損害賠償責任を負う
上の4つのリスクが、自社に高い確率で該当すると判断できる場合には、それらのリスクを広くカバーできる総合賠償責任保険への加入が検討対象となります。
そのためには、業務内容や作業員の技量、業務の執行管理、完成品の検査体制、施設の管理体制、建設法規の遵守などの視点から、自社にどの程度のリスクがあるかについての分析・検討を行う必要があります(参考:三井住友海上火災保険「請負業者賠償責任保険」)。
8 まとめ
請負業者賠償責任保険は、請負作業の遂行中に発生した事故と請負作業遂行のために所有・使用・管理している施設に起因する事故の両方をカバーしてくれる保険です。建設工事現場では、請負作業中の事故のみではなく、請負作業遂行のために管理している施設が原因となる事故も十分に想定されます。このことから、請負業者賠償責任保険は、建設業の請負業者にとって非常に心強い保険といえます。
しかし、請負業者賠償責任保険も万能ではなく、個別の保険としてその補償対象や範囲には限りがあります。そのため、請負業者賠償責任保険だけで非常時の備えは大丈夫かとの疑問や悩みが生じます。そこで、保険料が増えても、種類が異なる個別の保険に複数加入して補償範囲を広げる、または、様々なリスクを広くカバーできる総合賠償責任保険に入るなどの選択肢が生まれてきます。
それらの選択肢について判断するには、請負業者賠償責任保険ではカバーできない賠償責任が自社に該当する可能性があるかどうか、十分に検討を行うことが大切です。
そのためには、まず自分の会社に立ち返って自己分析を行うことが肝心です。業務内容や作業員の技量、業務の執行管理、完成品の検査体制、施設の管理体制、そして建設法規の遵守など様々な視点から、ジャンル別に自社にはどの程度のリスクがあるかについての分析・検討が非常に重要であるといえます。
そうした分析・検討に基づき、自社に求められる補償の範囲を明らかにしていけば、自ずと加入すべき保険の種類や付加すべき特約の範囲が明確となり、保険料を節約しながら、いざという時の万全な備えをすることが可能になります。