建設業では見積期間が厳しく定められている?
建設業では国土交通省の定める建設業法令遵守ガイドラインという指針において、下請人を保護するため、見積期間などの契約に関する各種条項の要点が出されています。
元請事業者が下請事業者に対し見積を依頼する場合、「その日に今すぐ出してください」ということは認められておらず、契約金額に応じ一定の期間を設けることが義務づけられています。
これは、下請業者に判断の期間を与えることが、取引の適正化に重要であり、かつ「なるべく早く」など曖昧な見積期間を設定したり、見積期間を設定せずに発注することで、下請業者が不利益を被ることを防ぐ意味があります。
今回の記事では、建設業の見積期間の具体例を踏まえ、なぜ見積期間を厳しく定める理由があるのか、建設業法遵守ガイドライン、見積契約の上でのポイント、その他の課題も含め、見積・見積期間について詳しく解説するので、参考にしてみてください。
目次
1 建設業の見積期間が厳しく定められている理由とは
建設業界では、下請事業者を保護するために、元請に対して工事内容や契約条件等下請契約の具体的な内容を提示、見積に必要な一定期間を設けることが義務づけられています。後ほど詳しく述べますが、下請金額により見積期間が異なります。
1-1 建設業の見積期間とは
下請事業者に、「現在のキャパシティで適正な工事ができるか、条件面等で納得のいくものか」を判断するために、規模が大きくなる金額の工事ほど、見積期間を長く定めています。実際の期間は下記の通りです。(それぞれ一件で計算)
- ・工事予定金額が500万円未満の場合→1日以上
- ・工事予定金額が500万円以上~5,000万円未満→10日以上(やむを得ない事情がある場合5日以上)
- ・工事予定金額が5000万円以上→15日以上(やむを得ない事情がある場合は10日以上)
日数計算の上で、元請業者が案を提示した日と、下請業者が締結する日は除外されます。なお、見積期間は、「最低これだけの猶予を設けて下さい」という基準です。そのため、見積期間が上記の定められた期間より長くなることは問題ありません。
例として元請業者が下請業者に450万円の見積を4月2日に行った場合、4月2日は見積期間にカウントされません。4月3日からがカウント期間となり、その翌日の4月4日以降が見積の回答期間となります。土日を挟む場合や、下請業者が熟慮したいという場合は、4月5日以降でも問題はありません。
このように、建設業で見積期間が厳しく定められている理由は、下請業者に契約を十分に検討する機会を与え、元請と下請相互にとって納得が行く契約をできるようにするためと言えます。建設業の見積期間に関して、建設業法において条文で明確に定められていますので、条文を確認します。
1-2 建設業の見積期間に関する条文
建設業の見積期間については、下記の通り条文が設けられています。
- 第二十条 建設業者は、建設工事の請負契約を締結するに際して、工事内容に応じ、工事の種別ごとの材料費、労務費その他の経費の内訳並びに工事の工程ごとの作業およびその準備に必要な日数を明らかにして、建設工事の見積りを行うよう努めなければならない。
- 2 建設業者は、建設工事の注文者から請求があったときは、請負契約が成立するまでの間に、建設工事の見積書を交付しなければならない。
- 3 建設工事の注文者は、請負契約の方法が随意契約による場合にあっては契約を締結するまでに、入札の方法により競争に付する場合にあっては入札を行うまでに、第十九条第一項第一号および第三号から第十六号までに掲げる事項について、できる限り具体的な内容を提示し、かつ、当該提示から当該契約の締結または入札までに、建設業者が当該建設工事の見積りをするために必要な政令で定める一定の期間を設けなければならない。“
このように、見積の期間自体は政令で具体的に定めるとし、また、建設業務の具体的な内容提示を義務づけています。
具体的な見積事項は、建設業法第19条に定められています。この条文および建設業法令遵守ガイドライン(第6版)に基づき、元請負人が下請負人に必ず提示する必要がある事項は、下記の通りとなります。
- ・工事名称
- ・施工場所
- ・設計図書(数量等を含む)
- ・下請工事の責任施工範囲
- ・下請工事の工程および下請工事を含む工事の全体工程
- ・見積条件および他工種との関係部位、特殊部分に関する事項
- ・施工環境、施工制約に関する事項
- ・材料費、労働災害防止対策、産業廃棄物処理等に係る元請下請間の費用負担区分に関する事項
以上の点を必ず明示した上で、具体的内容が確定していない事項については、元請人側の方に、「まだ事情があって未確定」ということを明示する義務があります。もし、施工条件が確定していないなどの正当な理由が存在すれば別ですが、正当な理由がなく元請負人が下請負人に対し、契約までの間に上記事項等に関し具体的な内容を提示しない場合、建設業法第20条第3項に違反することとなります。
加えて、建設業法第20条第2項により、元請負人から下請負人への情報提供義務も存在します。
- ・地盤の沈下、地下埋設物による土壌の汚染その他の地中の状態に起因する事象
- ・騒音、振動その他の周辺の環境に配慮が必要な事象
上記の事業が発生するおそれがあることを知っているときは、請負契約を締結するまでに、下請負人に対して、必要な情報を提供する義務があります。元請負人が上記問題の存在を把握しているにも関わらず、下請負人に対し必要な情報を提供しなかった場合、建設業法第20条の2および第20条第3項に違反することとなります。
1-3 建設業の請負契約は熟慮期間が必要
建設業の請負契約は、大きなお金、作業、そして責任が存在します。そのため、下請業者には「この仕事を受けるべきか否か」に関して、じっくり考える期間が必要となります。熟慮期間については前にも述べましたが、ガイドライン上でも下記の通り定義しています。
- ・下請負人が見積りを行うための最短期間であり、元請負人は下請負人に対し十分な見積期間を設けることが望ましい。
- ・追加工事等に伴う見積依頼においても、上記見積期間を設けなければならないことに、留意すること。
元請・下請に関して、建前上は対等でも、元請の方が下請より立場が強いことは容易に想像できます。下請側が厳しい条件の契約を、急かされるままに受けてしまうことのないよう、ガイドラインで厳格な規制をしているのです。
1-4 建設業法令遵守ガイドラインの存在
ここまで、見積期間に関し、「ガイドライン」の存在が大きく関わっている旨を説明しました。国土交通省は、建設業法令遵守ガイドラインを定めていますが、どのような目的でガイドラインを定めているのでしょうか。
ガイドラインの中では、以前から定めている事項に対し下記のような問題があると指摘しています。
- ・赤伝処理等による一方的な代金の差し引き
- ・指値発注による不適切な下請取引
- ・追加・変更契約の締結拒否
- ・下請負人に責任がないにもかかわらず、やり直し工事を強制する
- ・正当な理由がないにも関わらず、長期間にわたる支払保留等を行う
以上のような下請負人に対するしわ寄せがあり、また、技能を持つ現場労働者への適切な賃金の支払いが難しくなるなどの課題が依然として存在することを国土交通省も認識しており、「建設業発展における阻害要因」としています。
そこで、建設業法令遵守ガイドラインでは、下記の事項を踏まえ、契約締結において建設業法に従う義務、具体的な建設業法違反事例を示すことで、「ルールを知らなかった」ことによる違反行為を防ぎ、元請と下請が対等な取引を実現できるよう定めています。
建設業法令遵守ガイドラインでは、見積条件の提示に関し、建設業法違反となる具体例を並べています。
建設業法違反となるおそれがある行為の例
- ・元請負人が不明確な工事内容の提示等、曖昧な見積条件により下請負人に見積りを行わせた場合
- ・元請負人が、「出来るだけ早く」等曖昧な見積期間を設定したり、見積期間を設定せずに、下請負人に見積りを行わせた場合
- ・元請負人が下請負人から工事内容等の見積条件に関する質問を受けた際、元請負人が、未回答あるいは曖昧な回答をした場合
建設業法違反となる行為の例
- ・元請負人が予定価格 700 万円の下請契約を締結する際、見積期間を3日として下請負人に見積りを行わせた場合
- ・元請負人が地下埋設物による土壌汚染があることを知りながら、下請負人にその情報提供を行わず、そのまま見積りを行わせ、契約した場合
最初の3パターンは、違反の「おそれがある行為」と定め、次の2パターンは、明確に「違反行為」であると示しています。
なお、ここまでで述べた建設業法第19条、第20条の2、建設業法第20条第3項に関しては、建設業法第8章の罰則において、懲役刑や罰金刑、科料などの定めはありません。しかし、建設業法・建設業法令遵守ガイドラインに沿わない行為を行うことは法律等に関する違反であり、建設業の許可を行う国土交通大臣から指示・勧告等の措置が行われる可能性があります。
また、指示・勧告措置を受けた場合、国土交通省の運営する建設業者の不正行為等に関する情報交換コラボレーションシステムに掲載されるため、今後の業務に当たって影響が出る可能性があります。
そのため、具体的な罰則規定がないからと言って軽視するのは問題です。都道府県の建設業許可申請(更新)の手引きでは、法人・役員・個人事業主の「誠実性」に関する要件があります。「不誠実な行為」―― 工事内容、工期等、請負契約に違反する行為をするおそれがないことが誠実性の要件です。契約に違反する行為がある場合、内容によっては不誠実な行為となり、更新に影響が出る可能性もゼロではないと考えておく必要があります。
1-5 見積の契約書に記載しなければならない15項目
建設業の見積・契約書に関しては、必ず遵守する事項があります。その中で見積の契約書面には、建設業法で定める15項目を記載する必要があります。
- 1.工事内容(工事名称、施工場所、設計図書(数量等を含む)、下請工事の責任施工範囲、下請工事の工程および下請工事を含む工事の全体工程、見積条件および他工種との関係部位、特殊部分に関する事項、施工環境、施工制約に関する事項、材料費、労働災害防止対策、産業廃棄物処理等に係る元請下請間の費用負担区分に関する事項。元請負人は、具体的内容が確定していない事項についてはその旨を明確に示す義務あり)
- 2.請負代金の額
- 3.工事着手の時期および工事完成の時期
- 4.工事を施工しない日または時間帯の定めをするときは、その内容
- 5.請負代金の全部または一部の前金払または出来形部分に対する支払の定めをするときは、その支払の時期および方法
- 6.当事者の一方から設計変更または工事着手の延期若しくは工事の全部若しくは一部の中止の申出があった場合における工期の変更、請負代金の額の変更または損害の負担およびそれらの額の算定方法に関する定め
- 7.その他不可抗力による工期の変更または損害の負担およびその額の算定方法に関する定め
- 8.価格等(物価統制令(昭和21年勅令第118号)第2条に規定する価格等をいう。)の変動若しくは変更に基づく請負代金の額または工事内容の変更
- 9.工事の施工により第三者が損害を受けた場合における賠償金の負担に関する定め
- 10.注文者が工事に使用する資材を提供し、または建設機械その他の機械を貸与するときは、その内容および方法に関する定め
- 11.注文者が工事の全部または一部の完成を確認するための検査の時期および方法並びに引渡しの時期
- 12.工事完成後における請負代金の支払の時期および方法
- 13.工事の目的物が種類または品質に関して契約の内容に適合しない場合におけるその不適合を担保すべき責任または当該責任の履行に関して講ずべき保証保険契約の締結その他の措置に関する定めをするときは、その内容
- 14.各当事者の履行の遅滞その他債務の不履行の場合における遅延利息、違約金、その他の損害金
- 15.契約に関する紛争の解決方法
また、工事内容に関しては「工事内容一式」という曖昧な表記は認められていません。下請負人の責任施工範囲、施工条件等が具体的に記載されている必要があります。なお、注文書・請書による契約に関しては、元請・下請間で基本契約書を取り交わすか、注文書・請書の交換のみの場合は書類に上記15個の事項を盛り込む必要があります。
1-6 建設工事の契約に関する規定
建設業で見積期間が厳しく定められている理由の一つは、「下請が急かされて不当な契約を締結することがないようにすること」です。元請側が一方的に作成した契約書が存在する場合、各所に元請に有利、下請に取って不利な事項がちりばめられている可能性があります。契約は双方の合意によるものとはいえ、下請側にとって一方的に不利なものであっては公正な取引は実現できなくなります。そのため、建設工事の契約に関し、建設工事標準下請契約約款またはこれに準拠した内容を持つ契約書による契約を締結することが基本であると規定されています。
建設工事標準下請契約約款のひな形は、国土交通省の「建設工事標準請負契約約款について」というページに備え付けられています。建設工事標準下請契約約款のひな形の中から、元請・下請にとって重要なポイント・令和2年10月など最新の改正点をピックアップします。
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1.工事を施工しない日・時間帯の記載
令和2年10月の改正で、工事を施工しない日・時間帯の記載が追加されました。特に定めない場合は、記載する必要はありません。
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2.請負代金の支払いの時期および方法
ひな形では、支払時期(額)を下記のように定めています。
労務費に見合う額については、原則として現金払とすることを原則とし、それ以外の部分は前金払・部分払・引き渡し時の支払いをいくらにするか、いつ行うか、現金・手形の支払い割合および手形の場合は期間が何日か定めることを求めています。 -
3.権利義務の譲渡
「元請負人および下請負人は、相手方の書面による承諾を得なければ、この契約により生ずる権利または義務を第三者に譲渡し、または承継させることはできない」という規定があります。これは、下請負人が検査に合格した後、請負代金債権を譲渡する場合や工事に係る請負代金債権を担保として資金を借り入れようとする場合に、元請の知らないうちに金銭の支払債券が別の所に譲渡されたり等がないように定められています。
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4.一括委任または一括下請負の禁止
一括委任・一括下請負の形で、全体や一部を更に下の下請に丸投げしてはいけないということです。丸投げが許されると、業者間で仕事の丸投げが行われ、末端の事業者や職人が安い工賃で従事することになります。
ただし、公共工事および共同住宅の新築工事以外の工事で、かつ、あらかじめ発注者および元請負人の書面による承諾を得たケースについては例外として認められます。 -
5.著しく短い工期変更の禁止と、下請負人の請求による工期延長
「元請負人は、工期の変更をするときは、変更後の工期を建設工事を施工するために通常必要と認められる期間に比して著しく短い期間としてはならない。」と定め、手抜き工事や不備の温床となりかねない、極端に短い工期に変更することを禁じています。
以前であれば、土日・夜間も働いて短い工期で完了させるということがあったかもしれませんが、現在は労務管理・その他コンプライアンスの関係で、労働時間や日数を遵守する必要があります。
また、「天候の不良等その責めに帰することができない理由その他の正当な理由により工期内に工事を完成することができないときは、元請負人に対して、遅滞なくその理由を明らかにした書面をもって工期の延長を求めることができる。」という規定があります。不可抗力により工事を完成することが難しい場合は、元請に対し期間延長などの配慮を求める規定となっています。 -
6.損害負担
工事の際に損害が発生した際に、どちらが責任を負うかというのは、トラブル発生時に重要なポイントになります。ひな形では、下記の通り定めています。
- ・工事目的物の引渡し前に、工事目的物または工事材料について生じた損害その他工事の施工に関して生じた損害(この契約において別に定める損害を除く。)は、下請負人の負担
- ・その損害のうち元請負人の責めに帰すべき理由により生じたものについては、元請負人が負担
このように、元請の責任による損害は元請が負い、下請の責任による損害は下請が負うという規定になっています。
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7. 部分払金等の不払に対する下請負人の工事中止
元請負人が、前払金または部分払金の支払いを遅延した場合、「相当の期間を定めてその支払いを求めたにもかかわらず支払いをしないときは、工事の全部または一部の施工を一時中止することができる」という規定があります。
代金支払いが正常に行われていないのに、工事を続けるというのは下請にとって大きな負担になります。そのため、支払いがされない場合、工事を中止することが可能です。また、元請側は、下請側に対し、不適合の程度に応じ、代金の減額を求めることが可能です。 -
8.契約不適合責任
元請は、引き渡された工事目的物が、種類または品質に関して契約の内容に適合しないもの、つまり元々定めたクオリティに満たない場合、やり直しや代わりのものを引き渡すことを求めることが可能です。ただし、やり直し・代替物の引き渡しに必要以上の費用を要する場合は請求できないとも定めています。
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9. 譲渡制限特約について
民法の改正に応じ、契約上、譲渡制限特約が付されていても、債権の譲渡の効力は妨げられないとされたところも重要な点です。民間約款については、「資金調達目的の場合には譲渡を認めることとする」という条文を備えた上で、「譲渡制限特約に違反した場合や資金調達目的で譲渡したときにその資金を当該工事の施工以外に使用した場合に、契約を解除できる」としています。
下請が債権を勝手に譲渡(ファクタリング会社や第三者)し、お金を受け取り、請けた工事の施行以外のことにお金を使った場合は、契約解除ができ、下請側に返還義務が生じます。 -
10.契約の解除について
改正民法においては、下記の変更がありました。
- ・瑕疵に関する建物・土地に係る契約解除の制限規定が削除
- ・双方の責めに帰すべき事由でないときであっても契約を解除できることとされた
以上を踏まえ、催告解除と無催告解除を整理した上で契約解除に関する再規定がなされました。
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11. 契約不適合責任の担保期間について
こちらも民法改正に対応した変更です。木造等の工作物または地盤や石造、コンクリート造等の工作物といった材質の違いによる担保期間が、民法上は廃止されました。
上記を踏まえ、約款において契約不適合の責任期間を引渡しから2年とし、設備機器等については1年と変更されました。ただし、引渡しから2年とし、設備機器等については1年の期間内に通知をすれば、通知から1年間は当該期間を過ぎても請求可能となっています。
この他の各種条項を含め、基本としては対等な契約としつつも、下請にとってそのままでは不利になる部分に関しては、下請に有利になるように構成されている印象です。
1-7 見積・契約の意義
ここまでで述べてきたとおり、建設業では見積期間や見積内容、契約書締結など、元請・下請の契約に関して様々な規定があります。業務を下請するにあたり、施行にかかる費用の見積を行う上では、どのような仕様で、図面はどのようになっているか、工事の手順、支払い条件など様々な事項が明確にされていないと、正確な額の見積はできません。
口頭や、曖昧なイメージでなんとなく「これやっておいて下さい」では、受ける側も方法が全くわからなくなってしまいます。工数がどれくらい掛かるか、人員はどれくらい必要か、どれくらい材料は必要か、熟練の職人が必要かなどはわかりません。
とはいえ、元請側も、正当な理由があり、具体的な部分が決まっていないにもかかわらず、全てを具体的にした上で提示する事はできないというケースも存在します。決まっていない場合は、「正当な事由があり、具体的な内容が確定していない」ということを書いておく必要があります。
見積・契約に関しては、これまでも述べたとおり、どうしても発注者>受注者という力関係が働き、下請側が元請側の意向に沿う形で、見積・契約を行う方向になるおそれがあります。しかし、国土交通省は建設業法令遵守ガイドラインを作り、見積に関する明確な方向性の表示、元請業者にとって一方的に有利になることのない契約書ひな形の作成など、下請が一方的に不利になることがないよう配慮していることが伺えます。
また、見積に関し建設業法令遵守ガイドラインでは、「明確な工事内容の不提示」だけでなく、具体的な日数を定めず「なるべく早く」という曖昧、かつ急かす内容を禁じたり、見積期間を定めずに見積をさせるなどの行為を禁じています。
確かに元請業者側からすれば、「すぐに見積を出して、仕事に取りかかってもらいたい」というところはあるかもしれません。しかし、下請業者が長期的に利益を出し、健全な成長をしていくことは、取引相手の技術向上だけでなく、業界全体のイメージの下支えにつながります。
取引において、どちらか一方が不当に無理をさせられているという状況は、いつか破綻するおそれがあります。元請業者が一方的に自社に有利になる条件を下請に押しつけたとしても、業界内で「あの会社の仕事は、受けない方がいい」という評判が広がり、回り回って元請業者の評判を落とすことになりかねません。
また、建設業界で下請側が成長し、立場が逆転すれば、元請側がしっぺ返しを食らう可能性があります。やはりどの経営者も人間ですので、公正な条件で取引をしてくれた事業者、苦しいときに助けてくれた事業者に恩返しをしたくなりますし、買い叩いてきた相手に対しては、それ相応の対処なり、無視などの措置を考えることは仕方ないことだと言えます。
特に、元請側の担当社員が下請の社長や幹部などにぞんざいな態度を取ると、下請側は元請の社長も含めた会社全体に悪いイメージを持ちかねません。元請側、特に経営者ではなく社員が対応する場合こそ、下請に対し配慮した依頼を行う必要があると言えます。
元請側としては、急ぎの発注が来たときに、下請の業者に早く動いてほしいという思いは当然です。しかし、業界内で定められたルールが存在する以上、ルールに従い、熟慮期間を設けた上での見積請求や、必要事項が盛り込まれた契約書の締結など、元請・下請がフェアな環境で仕事ができる状態であってこそ、下請側もよりよい成果が出しやすくなります。
特に現在はインターネットの口コミ、マッチングサイトによる評価機能など、良い話・不当な扱いを受けた話などが広がりやすくなっています。また、下請Gメンなど、下請が元請から受けた不当な扱いについて通告できる窓口も整備されているので、見積期間その他建設業法・建設業法令遵守ガイドラインの遵守は、自社の評判を守り高めるためにも非常に重要と言えます。
2 まとめ
建設業では、見積期間を始め、見積内容の具体化規定、契約書の締結や契約書に盛り込む内容の規定など、非常に細かな事項が法律・建設業法令遵守ガイドラインで定められています。このように厳しい規定がされているのも、建設業界の健全な成長と、手抜きや拙速な工事によるクライアント・第三者への被害を防ぐためということが想像できます。
建設業は歴史のある業界で、それ故にこれまで様々な課題も出てきました。その課題を踏まえたのが、現在の建設業許可制度・建設業法や関係法令・建設業法令遵守ガイドラインであると言えます。
建設業の業界も、規定の厳密化・コンプライアンス遵守など、昔から業界にいる人に取っては、窮屈になったという側面もあるかと推察します。しかし、社会全体がコンプライアンス重視やSDGs(持続可能な開発目標)の推進に向かう中、建設業界だけが旧態依然とした状態であっては、結果として建設業界に進もうという人材が減り、業界自体のイメージもネガティブな方向に向かうおそれがあります。
見積期間・見積内容一つにとっても、発注側と受注側では、様々な意味で重みが異なります。建設業界自体をより魅力的なものにするためにも、建設業における基本的なルールを守り、ビジネスに関わることが大切と言えます。